人材確保が最重要
「造船業再生ロードマップ」時代の課題と期待
~愛媛・瀬戸内圏域の海事産業の現状と今後②~
公開日:2026.09.15
INDEX
【要旨】
01
愛媛および瀬戸内圏域の造船・舶用メーカーなどを対象にアンケートを実施したところ、85.0%が「造船業再生ロードマップ」の内容を認識しており、67.5%が何らかの期待を寄せている。一方、「内容をよく理解している」企業は32.5%に留まり、特に中小企業や外注企業における認知度にばらつきがみられた。
02
直面する経営課題としては90.0%の企業が「人材の確保・育成」を挙げた一方、期待する支援施策の第1位(70.0%)も「人材の確保・育成」だった。「設備投資支援」(67.5%)、「コスト競争力強化」(50.0%)なども高い割合を占め、複数課題への統合的支援が求められている。
03
企業からは「ロードマップの支援が大手企業に偏るのではないか」という懸念があるほか、「一過性ではなく、産業全体に対する末永い支援の継続を」との要望も聞かれ、ロードマップの効果が産業全体に波及することへの不安が浮き彫りになった。
04
造船業はグローバルなビジネス展開と地域雇用を両立させる産業である。国のロードマップと愛媛・瀬戸内圏域を中心とした西日本の自治体の有機的連携が不可欠であり、実行段階では地域の実情に基づいた施策展開が期待される。
【前回の振り返り】
2026年5月号調査レポートでは、政府が策定した「造船業再生ロードマップ」の概要と最近の造船業を取り巻く環境変化を整理するとともに、瀬戸内・愛媛の海事産業群(海事クラスター)の現状や行政・海事関連企業の動きなどを紹介した。今回はロードマップが示されたことを受けて、愛媛・瀬戸内圏域の造船・舶用メーカーなど海事関連企業に与える影響や企業の取り組み状況などについて、アンケートやヒアリングをもとに明らかにし、今後の愛媛の海事クラスターの発展方向を探る。
造船業再生ロードマップに対する認識・期待
造船業再生ロードマップに対する認識や期待、課題などの実態を把握するため、愛媛および瀬戸内圏域の造船・舶用メーカーなどを対象にアンケートを実施した。調査の概要は下記のとおり。
01ロードマップの認知度
造船業再生ロードマップに対する認知度は、「内容をよく理解している」が13社(32.5%)、「概要は知っている」が21社(52.5%)となり、合わせて34社(85.0%)が一定の認識を有している。一方、「聞いたことはあるが詳細は知らない」が4社(10.0%)、「全く知らない」が2社(5.0%)となった(図表-1)。
特に、従業員規模が大きい企業や造船・舶用メーカーといった業界の中核企業では認知度が高い傾向にあり、大手企業を中心にロードマップの内容理解が進んでいることがうかがえる。一方、中小零細企業や外注・協力企業では認知度にばらつきがみられた。
02ロードマップに対する期待
造船業再生ロードマップに対する期待については、「非常に期待している」が12社(30.0%)、「ある程度期待している」が15社(37.5%)で、合わせて27社(67.5%)が何らかの期待を寄せている。「どちらとも言えない」は8社(20.0%)、「あまり期待していない」は5社(12.5%)だった(図表-2)。
期待が高い企業は、次世代船対応や自動化設備投資、人材確保などロードマップに掲げられた重点施策の恩恵を受けやすい規模・事業領域の企業が多い。一方、中小零細企業では、「ロードマップの支援の対象外になるのではないか」(外注設計)という懸念があるなど、期待度は相対的に低かった。
ロードマップの施策に対する企業の期待
01事業運営における課題
まず、企業が現在直面する課題について尋ねたところ、「人材の確保・育成」が36社(90.0%)と圧倒的多数を占めており、最大のボトルネックとなっている。次いで、「コスト競争力の強化」(20社、50.0%)、「設備の修繕・更新」(16社、40.0%)も大きな課題である(図表-3)。
人材の確保・育成は、現場技能者の高齢化と若手技術者の不足などに起因する深刻な経営課題となっている。自由意見として「限られた人員で操業効率を維持することが困難であり、業界全体で取り組むべき」(外注企業)といった意見もあった。
02期待される施策
企業がロードマップに対してどのような期待を抱いているかを把握するため、主な施策に対する優先度を尋ねたところ、「人材の確保・育成」が28社(70.0%)で最も多く、次いで「建造能力の増強・設備投資支援」が27社(67.5%)、「DX・自動化による生産性向上・コスト削減」が19社(47.5%)、「安定的な需要確保」が18社(40.0%)などとなった(図表-4)。
自由意見からは、施策が「大手企業への支援に偏り、中小企業への支援が十分でない可能性がある」(造船会社)、「ロードマップの施策が一過性で終わるのではないか」(複数企業)、「業界全体隅々までの内容にしてほしい」(造船業)というように、慎重な見方もある。
03人材確保・育成に必要な支援
企業が人材確保・育成のために必要な支援施策については、「賃金・待遇の改善」が35社(87.5%)で最も多く、次いで「外国人材の積極的な受け入れ・定着支援」は22社(55.0%)、「若年層への魅力発信・認知度向上」が20社(50.0%)などとなっている(図表-5)。
04設備投資・新技術に必要な支援
設備投資・新技術対応のために必要な支援施策については、「専門人材の育成支援」が25社(62.5%)で最も多く、次いで「導入費用への補助・助成」が23社(57.5%)、「技術情報・ノウハウの共有、プラットフォーム化」が14社(35.0%)などとなった(図表-6)。
05政策支援への要望
国・自治体に対して企業が求める政策レベルの支援施策については、「設備投資への基金・補助金拡充」が25社(62.5%)で最も多く、次いで「人材確保・育成に関する制度の拡充」(18社、45.0%)「税制優遇措置の強化」(17社、42.5%)などとなっており、多面的な支援が求められている(図表-7)。
自由意見やヒアリングでは、「生産能力増強のための工事敷地の拡大は、行政の支援・協力が不可欠」(造船業)、「限られた人員で操業度を維持することは困難。行政にも現場の実情を知ってほしい」(構内協力)などの意見が聞かれた。
海事産業の将来展望
愛媛・瀬戸内圏域の海事産業に対する将来性・展望を尋ねたところ、全体的に前向きであり、「非常に明るい」と「やや明るい」の合計は24社(60.0%)だった。一方、「どちらとも言えない」は15社(37.5%)だった(図表-8)。
ヒアリングでは、「一過性の盛り上がりではなく、大手のためだけでもない、産業全体に対する手厚く末永い支援の継続と海事産業の発展を願う」(造船業)との声が聞かれた。
今後の方向性
アンケート結果から、愛媛・瀬戸内圏域の造船・舶用関連企業が直面する課題と求める支援が明らかになった。また、人材確保・育成を最優先課題とする企業の声、中小企業への支援不安などが浮き彫りになった。これらの調査結果を踏まえ、以下5つの対応方向を提示したい(図表-9)。
01人材確保・育成の強化
人材確保・育成は、業界が直面する最大の課題であり、造船業全体の持続可能性を左右する要因である。アンケート結果から、「造船業ロードマップ」の施策で期待する最上位が「人材の確保・育成」、求める支援策の最上位が「賃金・待遇の改善」となっている。業界全体が人材対策を最優先課題と認識していることが明らかになり、以下の施策の充実が求められる。
①賃金・待遇の向上と職場環境の改善
業界全体として賃金・待遇の向上と職場環境改善に取り組む必要がある。特に「3K(きつい、汚い、危険)を感じさせない設備・環境の実現」(外注企業)という意見があるように、業界全体での労働環境改善やネガティブイメージの払拭が求められる。
②外国人材の受け入れ・定着支援
2027年4月運用開始予定の「育成就労制度」や特定技能制度の活用を拡大する一方、寮・社宅整備や生活環境整備への助成を充実させる必要がある。外国人材の受け入れ拡大を求める企業からは、「実際の現場や作業内容を考慮し、制度緩和や柔軟性を求める」(構内協力企業)という声も聞かれた。
③産学官連携による人材育成ネットワーク構築
高校・大学・企業・自治体が連携し、造船業への認知度向上と計画的な人材育成体制を構築する。「今治地域への造船専門学校設置を求める」との意見もあり、地域内での人材育成インフラ整備が課題である。
アンケートの自由意見では「造船系の専門学校を今治に設置してほしい」(造船・50人未満)との声が聞かれた。現在、若手造船技能者の育成と基本的な技能習得を目的とする「造船技術センター」が設置されているが、高校卒業後の即戦力人材育成の仕組みが弱いことがうかがえ、実践的な技能教育を提供する専門学校の設置は検討に値するだろう。2025年3月号調査レポート「造船人材の現状と確保・育成に向けて」でのアンケートでは、国や業界団体へ望む支援策として「技術者・技能者への継続的な教育・研修プログラムの支援」と答えた割合が最も多かった。ヒアリングでも「特に、若手従事者向けの教育・研修の充実が課題」という意見が聞かれた。改めて、企業内研修だけでは対応困難な、業界全体での体系的な人材育成の必要性を示唆している。
02設備投資支援の充実
グローバル競争下での競争力強化には、次世代船対応、AI・ロボットによる自動化、DX推進など、技術・設備への投資が不可欠である。アンケートでも6割の企業が「設備投資への基金・補助金拡充」を求めており、ロードマップの「造船業再生基金」や「GX経済移行債」を活用した支援充実が期待されている。
一方、中小企業にとって設備投資のハードルは高く、申請手続きの簡素化と補助対象の拡大も課題である。実際に「手続きの簡素化」を求める声は多く、複雑な申請プロセスが支援制度の活用を阻害している可能性がある。申請書類の簡潔化や審査期間の短縮、設備投資以外に作業環境改善や安全装置導入といった人材確保関連投資をも対象とすることで、設備投資と人材確保の好循環が期待される。
03中小企業を含む産業全体への支援
中小企業からは、「支援が大手企業に偏るのではないか」という懸念が寄せられた。「大手造船会社だけへの支援では人材育成、老朽化設備の更新が進まない」「一過性ではなく、産業全体に対する末永い支援の継続を」といった声も聞かれ、ロードマップの効果が産業全体に波及することへの不安が浮き彫りになった。
愛媛・瀬戸内地域の海事産業クラスターは、大手企業のほか、中堅・中小造船企業、舶用機器メーカー、協力・外注企業など多層的なサプライチェーンで構成されている。ロードマップの効果を産業全体に波及させるため、中小企業ニーズを踏まえた施策メニュー、事業承継や少額設備更新への対応、協力企業の経営安定性確保、共同事業・共同調達によるスケールメリットの実現などが必要である。
安定的な受注量の確保は、企業の経営計画立案と人材確保に不可欠である。「安定的な需要確保」を期待する企業は4割に上ることから、政策的誘導や国内船主への支援強化を通じた発注喚起やゼロエミッション船など国際規制対応に伴う新造船需要を国内産業に波及させるための支援が効果的である。自由意見では、「国内船主が新造船を発注する際は、原則として国内造船所への発注を義務化」(舶用機器メーカー)という強い要望が寄せられた。
造船業は、本来的に行政界にとらわれない産業である。船舶の発注元は全国・世界に広がり、部品・資材の調達もグローバルなサプライチェーンで構成されている。同時に、域内での雇用創出を通じて、地域経済に多大な貢献をする地域産業でもある。このような二重性の中で、効果的な支援施策を実行するためには、国の政策と地域の施策の連携が不可欠である。
県・市町村には、国のロードマップを地域に適応し、制度周知や申請支援といった実行体制を整備する必要がある。一方、地域の課題・要望を国の施策に反映させる中継役も求められる。特に、人材確保・育成に向けた産学官連携ネットワークの構築や教育機関の整備・拡充などの面が重要となる。
また、造船業の従業員確保と定着には、生活環境の整備が重要である。特に外国人材受け入れ拡大の際には、従業員寮・社宅建設への補助や医療・教育・公共交通などの充実、多文化共生プログラムの構築が必須である。
さらに重要なのは、西日本全体としての広域連携体制の構築である。政府の「造船業再生ロードマップ」に基づく「戦略産業クラスター計画」では、四国・中国・九州の3地域が造船を重点分野に選定されており、国家戦略として西日本地域の産業振興が位置付けられている。
この国の方針の下で、愛媛県は先導的な独自支援策を打ち出し、瀬戸内地域のリーダーとしての役割を担っている。一方、造船業のサプライチェーンと人材流動は県境を越えて展開されており、広島や香川、九州北部などの造船業集積地における企業は相互に関連し、共通の課題に直面している。愛媛県の取り組みを参考に、隣県でも同様の支援体制が求められる。各県が個別に対応するのではなく、愛媛県を中心に広域連携組織の構築や共同研究・開発の推進、人材交流・研修の相互支援など西日本全体としての競争力強化が必要である。
【おわりに】
海事産業は、日本の経済安全保障を支える戦略的産業である。造船業の競争力強化は、単なる産業育成ではなく、国家的重要性を持つ。同時に、その実現は地域の雇用基盤と生活環境整備の充実に直結している。
ロードマップと愛媛を中心とした西日本自治体の有機的連携が、日本造船業全体の再生の鍵を握る。実行段階に移行する今、地域の実情に基づいた施策展開と企業・行政の協働が求められる。
(新藤 博之)
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