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各種調査レポート

株式会社 オカベ

THE COMPANY

株式会社 オカベ

公開日:2026.07.01

株式会社いよぎん地域経済研究センター

祖父は「花かつお」の生みの親

私(取締役会長 岡部悦雄)の祖父、岡部仁左衛門は海産物商を営んでおり、行商先の名古屋で削り節を見つけたことから自ら製造することを思いつきます。地元で獲れるイワシなどの原料から削り節の製造をはじめ、これを「ヤマニの花かつお」として売り出しました。ですから、祖父は花かつおの生みの親とされています。城戸豊吉氏(㈱ヤマキ創業者)や明関友市氏(マルトモ㈱創業者)がこれに続き、現在の伊予市は削り節生産量日本一を誇るまちとなっています。

岡部仁左衛門

私は9人きょうだいの5番目として生まれ、大学卒業後は東京の水産会社に就職し、その後兄が引き継いでいたヤマニに入りました。そこで経理や仕入、営業などの実務を覚えた後、東京を中心に全国各地で営業を行いましたが、この時に物産・食品関係の人脈ができたことや、ルート販売のノウハウを学べたことは創業後も大いに役立ちました。

ヤマニの売却を経て独立・創業

兄は花かつお以外にも観光事業など多角化を進めましたが失敗し、ヤマニを大正時代からの仲間であった㈱木村商店(現 ベストプラネット㈱)に買い取ってもらいました。


私は木村商店でしばらく工場長を務めましたが、自分の思い通りにできないジレンマがあり1974年(昭和49年)に独立、『岡部商店』を創業しました。最初は花かつおの製造も考えたのですが、救ってもらった木村商店とライバル関係になるのも気が引けたので、煮干しの製造・販売からスタートしました。珍味業界はまだ寡占化が進んでおらず大企業もありませんでしたし、皆さん販売先は豊富で生活にも困っていなかったので、製造ノウハウを教えてもらいながらスタートを切ることができました。

年商10億の壁を機に法人化

初年度から販売先を失う

創業当初はパートを3人ほど雇い、あとは家族で切り盛りをする家内工業でした。家計には月5万円を入れる程度で、あとはすべて事業資金に回す生活です。トヨタに務めていた妻の弟にも帰ってきてもらい、初年度は2,700万円を売り上げましたが、初 年度から販売先を失う事態にも見舞われました。売上の7割を占める問屋さんが事業をたたむというのです。しかし代金は支払ってくれましたし、㈱珍味堂さんをはじめとした他の問屋さんにうちの商品を取り扱ってもらい、何とか乗り切ることができました。


その後は、いりこの佃煮やカワハギロールなど、加工部門を拡大することで売上も順調に伸びていきましたが、10年目あたりから伸び悩むようになります。

法人化、経営理念の策定

いわゆる“年商10億円の壁”にぶち当たったのが1984、5年(昭和59、60年)頃です。それまでは、自分で創業した会社ですので中身も全部わかっているし、自分でやらなければ気が済まない性分でしたから、即断即決で突っ走ってきました。


しかし、従業員が50人を超えるようになると私の考え方が行き届かなくなり、従業員の結束力や営業の志気低下がみられました。そこで、操業を4日間停止し、従業員全員と真剣に話し合いました。製造業が操業を停止することは大幅な売上ダウンになりますし、納品先にも迷惑が掛かります。それでも徹底したコミュニケーションを図るためには必要なことでした。「どういう職場にしたいのか?」「お客様が満足する商品をどのように作るのか?」と従業員に問いかけても、出てくる言葉は会社や私の批判ばかりでしたが、じっと耳を傾けるうちに建設的な意見も飛び交うようになりました。こうして現在のグループの経営理念と使命感、衛生憲章の3つを策定して“全員経営”を打ち出し、法人化に踏み切ったわけです。


その後分かるようになってきましたが、人を育てようと思ったら、自分が走ることを我慢し、従業員を信頼して任せる度量が必要です。また、当社のような製造業が儲けるためには商品開発が重要です。そのためには、ヒト・モノ・カネをバランスよく投入していくことが必要だと気付きました。

法人設立時の当社外観
オカベグループ経営理念

アーモンド小魚がヒット

子どもの栄養不足を補う商品として開発

現在でも当社の看板商品である「アーモンド小魚」は、1987年(昭和62年)に東京の学校給食で採用されたことで急速に広がりました。


この当時、子どもたちのカルシウム不足が問題になっており、学校給食で改善したいという要望が当社に寄せられました。最初はいりこだけを送ったのですが、いりこの魚臭さや、流線型の姿が「怪獣に見える」という理由で食べ残しが多かったようです。いりこを3cm程度の小さいサイズにしたり、味付けを少し甘くしたりしましたが、それでもまだ不十分だったようです。1年半ほど試行錯誤を繰り返すなかで、東京都学校給食会が「これを混ぜてくれ」と送ってきた“スリーバード”という縦割りしたアーモンドが、いりこのサイズや味付けとも見事にマッチしました。また、食べきりサイズの個包装ができたことも給食で採用されたポイントでしょう。

当時(左)と現在(右)のパッケージ

特許を取らず全国に普及、市場を創出

アーモンド小魚を作ったのは当社だけだったため特許申請も検討しましたが、学校給食会から「みんなが健康になるように、と作り上げたものを独り占めしたらいかん」と言われました。確かにその通りだと思い特許申請しなかったので、他のメーカーも追随して製造し始め、スーパーやコンビニなど取扱先も拡大し全国に普及していったのです。当社が特許を取得して単独でやっていたなら、そこまでの広がりはなかったかもしれず、結果的に正解だったと思います。


アーモンド小魚は煮干し業界にも潤いをもたらしたのではないでしょうか。煮干しは出汁を取るのが主な目的で、それを食べるという習慣はありません。また、5cm以下だと出汁が取れず使い道がありませんでしたが、アーモンド小魚によって珍味としての新たな市場を創ることに成功したのです。

社内の連携体制の構築

我々にとって最も大切なことは、消費者が求める商品を開発・供給することです。消費者の生の声はメーカーよりも問屋や小売店の方が入りやすいので、営業部隊の情報収集は非常に重要になります。そこで得た情報をいかに商品開発に結び付けるか。アーモンド小魚の普及からさらに事業を拡大させていくためには、専門の部署を作り、特化した人材を配置する必要性がありました。そこで、企画室(現 企画開発部)や主要地域への営業所展開を行い、事業拡大の推進体制を構築していきました。

独立採算を目的にグループ会社を設立

その後、1990年(平成2年)に浜焼きやみりん干し加工を行う㈱宇和海を設立したのを皮切りに、通信販売や直販、テストマーケティングを行う㈱伊予乃国、加工食品のパック包装専門の㈱セトクィーンとグループ会社を相次いで設立しました。これは、部門ごとに毎日数字をしっかり把握する、独立採算をめざす目的で切り分けたものです。社内会議などは合同で行いますし、グループで内部監査員が40人ほどおり、他社の監査も実施することでけん制機能も働きます。分社化するとグループ間の連携が取れなくなる、という話も耳にしますが、運用次第で解決できるのではないでしょうか。現在、㈱宇和海は施設の老朽化や従業員の高齢化に伴って集約していますが、また何かの時に活用したいと考えています。

タイへの進出

資源確保を目的に海外進出を検討

1990年代初頭、カルシウム不足を補う食品としていりこの人気が高まり、市場は拡大していきます。それに伴い、瀬戸内海で獲れる魚が枯渇するのではないか、という問題が出て、四国珍味商工協同組合で東南アジアの漁場を視察したことがありました。他の組合員企業は進出しようとはしませんでしたが、当社は勝機があると踏んでタイへの進出を本格的に検討し始めます。


タイを選んだのは、東南アジア諸国で最も漁獲量が多かったこと、仏教国で親日だったこと、主食が米で珍味との相性が良いだろうと考えたことが主な理由でした。

ジェトロ愛媛の第1号支援案件として進出

当社は商社を経由した間接貿易はしていましたが、直接貿易や拠点進出のノウハウはありませんでした。そこで、協力してもらえる企業をいくつか回った結果、手を挙げてくれたのがタイにも拠点を持つ帝人商事㈱(現 帝人フロンティア㈱)でした。


同じ頃、松山市に日本貿易振興機構愛媛貿易情報センター(ジェトロ愛媛)が開所され、海外支援企業第1号案件としてさまざまな支援を受けられました。こうして当社、帝人商事㈱、バンコク銀行関連会社の3社合弁の「THAI OKABE PROMOTION CO.,LTD.」を1992年(平成4年)に設立、現地での珍味製造が始まります。

THAI OKABE PROMOTION CO.,LTD.

地域への貢献度が認められBOI認可取得

帝人商事㈱からは事業計画書の作成をはじめ、事務所や備品の無償提供など、全面的なサポートを得られました。また、その後のことを考えてBOI※の認可を取得するようアドバイスもしてくれました。


当時、BOIの認可は工業団地に進出する大企業が取るもので、田舎に進出する中小企業が取得するのは異例でした。「どんな手を使ったんだ?」と聞かれますが、ポイントは漁師町の住民の就職先となる、その町から原料を購入するなど、地域にもたらす貢献度が認められたことでしょう。これによって工場の土地建物は会社名義に、現地従業員も150~160人雇うことができました。



※ Board of Investment、タイ政府が設立した投資委員会。許可により法人税や関税の減免、外資100%での会社設立などの優遇措置を受けられる。
 

現地工場の作業の様子

自由が利かず独資に移行

しかし、進出後3年ほどの業績は思わしくありませんでした。仕入にしろ何にしろ、会議ばかりで意思決定のスピードが遅かったし、大手企業と組んでいたため事業計画と異なることはできません。帳簿もバンコク銀行の関連会社が握っていましたが、お金を出してくれるわけでもありませんので、2億円の追加設備投資を当社1社で行いました。


当社ばかりが資金を負担しているとオカベ本体にも多大な影響が及ぶため、合弁の解消を帝人商事㈱と交渉し、何とか当社1社での独資会社となることの了解を得ることができ、そこから徐々に業績は好転していきました。

日本よりも先に原料が枯渇

進出から20年ほどすると、現地での原料確保が難しくなってきました。理由は漁獲規制がなかったからです。船上取引のようなものもあったと聞きますし、当社を含む日本だけでなく、台湾や韓国の企業が出てきて漁業者と契約したことで乱獲が横行します。当初の目論見が大きく外れ、枯渇化が懸念されていた日本よりも先に原料がなくなってしまいました。


現地を遊ばせるわけにもいかないので、原料を日本から送って現地で製品にして逆輸入したり、周辺国に販売したりして今はしのいでいますが、現地の従業員は40~50人ほど、売上もピークの10億円から3分の1になりました。


最近新しい動きも出てきましたが、これは後ほど触れます。

ブランド力向上への取組み

2名代表制の導入

私(代表取締役社長 岡部光伸)は大学を卒業後、東京の食品メーカーで4年間勤務し、中小企業大学校で経営全般について1年学び、1991年(平成3年)に㈱オカベに入社しました。


父(会長)が創業したのは私が8歳の時で、その頃から家業の手伝いをしたり、入札に一緒に行ったりしていました。この経験から製造現場のことはある程度把握していましたので、入社後は専ら営業をしていました。北海道から九州まで一通り回りましたので、会社の中で一番お客さまのことを知っているのは今でも私だという自負があります。その後、営業本部長、常務取締役を歴任し2005年(平成17年)に代表取締役社長に就任しましたが、父も代表権を持つ2名代表制としました。父は主に公職などの対外的な面を、私が社内の実務面を担うという役割分担です。

忍を忘れず継続する』

『忍を忘れず継続する』。これは私が東京の食品会社勤務時代に上司からいただいた言葉で、以来座右の銘となっています。仕事も人生も、良い時があれば悪い時もある。悪い時こそ歯を食いしばってやるべきことを継続していけば必ず道は開ける、という教えです。


企業経営も同じです。従業員はもちろん、お客さまや取引先、地域のためにも事業を存続させていかなければなりません。重要なのは不易流行、失ってはならないものは堅持しつつ、時代の流れをみて変えるべきは大胆に変えるということです。

食品メーカーとしての使命

変えてはならないものの最優先事項は、法人化した際に作った経営理念と使命感、衛生憲章を守っていくことです。食品は人が直接口に入れる商品、いわば人の命を預かる仕事ですので、メーカーとして安全・安心を保証しなければなりません。そのためにISO 9001やHACCP、FSSC 22000などさまざまな認証制度の取得を積極的に行いました。


もう1つは、食品メーカーとしての強みを活かすことです。当社はおそらく同じ規模のメーカーでは過剰だと思うくらい、従来から商品開発部門の人材をそろえています。絶えず新商品を開発して世に提供する企業風土は変わらず残していく方針です。

積極的なPRでブランド力を高める

せっかく新商品を開発しても、PRがうまくいかなければ売上にはつながりません。私は入社以来、営業畑で育ってきたので、展示会や商談会への出展や各種コンテストへの応募などPRにはとくに力を入れるようにしていきました。


その効果もあって数々の賞を受賞し、商品のブランド力は高まってきました。従業員にとって達成感やモチベーション向上につながりますし、そこから新たな商談が生まれるなど良い循環となっています。

展示会・商談会に積極的に出展
数々の賞を受賞

農産物を活用した商品開発

当社商品の主な原材料となる小魚などは「獲る」ことによる産物ですが、海洋資源の減少が懸念され、将来にわたって安定的に調達できるか不透明な部分があることも事実です。


一方、農業は「育てる」産業で生産活動がある限り原材料に事欠くリスクは低減されます。当社の基本はあくまで水産物加工ですが、農産物を活用した商品の開発も着手しました。最近では、小魚加工技術を応用して加工した『黒糖くるみ』や、チーズとドライフルーツを魚肉シートでサンドした『フルーツチーズサンド』などを発売しています。

コロナによる販売先の変化

食品添加物やつなぎを使わず、特殊な温度と圧力で焼き上げた『そのまんま』シリーズは、コロナ禍において販路が広がり助かった商品です。巣ごもり需要でTVショッピングや通販での販売が増加し、現在も伸びています。通販や直販はグループ会社の㈱伊予乃国が専属で行っていますが、ここをさらに大きくする必要性を感じています。直販は大変なこともありますが、その分利益は大きいうえ、お客様の『良いものは良い。悪いものは悪い』という声がよりダイレクトに入ってきますので、今後の商品開発に活かすこともできます。


また、土産物屋や外食が大打撃を受け、当社もそこを補う販路が必要でスーパーやコンビニのPB商品を扱うようになりました。土産物屋は全国各地に網羅していたのですが、市場としてはそれほど大きくはない。やはり市場が大きいスーパー、コンビニでの取扱量を増やすことが重要です。

100億円企業をめざして

従業員の頑張りを正当に評価できる制度構築を

企業の持続的な成長には、父も申し上げた通りヒト・モノ・カネをバランスよくステップアップさせなければなりません。景気の良い時期は多少無理が利くかもしれませんが、今の時代そうもいきません。


「がんばれ!」だけでは従業員は動かないので、「これをどれだけやればこれだけの見返りがある」ことをしっかり示すことが重要です。近年の賃上げ機運もあり、当社は売上よりも先行投資の意味合いを込めて賃上げを行っていますので、従業員にも個々の能力を高めてもらいたいです。


会社としては、健康経営優良法人などの認定を受けていますが、見せかけになってはいけません。実態としても従業員の成果を正当に評価し、対価を払うための制度を今後さらに充実させ、働きやすい環境を整備していきます。

新工場の建築を計画中

今の従業員は給料と休みを重視する傾向がありますが、食品メーカーとして商品を作らなければなりませんので、IT企業のように出社は1週間のうち1日だけで良い、というわけにはいきません。ただし、合理化・省力化を実現することは経営の責務だと思います。


そこで現在計画しているのが、新工場の建築です。松前町で土地を確保しており、5年後をめどに稼働開始できるよう進めています。これが実現できれば、父が創業当初から目標としていた年商100億円超えも現実味を帯びてきます。

新たな分野での市場開拓も検討

現在、当社には約1,800のアイテムがあります。売上が年間100万円に満たないものは廃盤にして新しい商品を投入していますので、今後も商品開発力は高めていかなければなりません。しかし2050年には人口が3~4割減少すると見込まれます。同じ市場にとどまっていたのでは企業は成長できませんから、新しい分野にも挑戦する必要があります。


その1つとして目をつけているのが冷蔵・冷凍食品です。今の当社のアイテムは一部機能性表示食品があるものの、多くは『嗜好品』としての側面が強く、景気が悪くなると売上が落ち込みやすい分野です。冷蔵・冷凍食品であれば『副食』に位置付けられますし、消費者が口に入れる頻度も嗜好品に比べると高いので市場規模は格段に大きくなります。新工場が稼働し始めてからになるかもしれませんが、年商100億円を超えて更なる高みをめざす際には取り組んでいきたい領域です。

海外拠点の再構築

先ほど父が述べた、思うように売上が上がっていない海外工場でも新しい動きが出てきました。国内では冷蔵・冷凍食品市場の展開を考えていますが、海外では珍味の市場を広げる余地がありそうです。タイ国内で15,000店舗以上を展開する日本のコンビニや、ディスカウントストアから「つまみを作ってくれないか」というお話をいただいているのです。タイも国民が豊かになってきているので、そういった珍味、嗜好品のニーズが非常に高まっているというのです。


しかし、珍味を現地で製造している会社がほとんどなく、日本で製造したものを輸出すると関税がかかってしまいます。そこで現地に製造会社を持つ当社にお鉢が回ってきたようです。流通に関しても、一カ所に納品すれば先方が各店舗への配送を行ってくれるスキームです。


現在の当社の輸出比率は10%ほどです。将来的に輸出比率を30%程度まで高めるという目標を持っていますので、製造拠点だけでなく販売会社を立ち上げることも検討しながら海外事業の拡大を狙っていきます。


オカベグループは全国に販売ルートを広げ、海外事業の拡大もめざしていきますが、企業の生い立ちは紛れもなく『愛媛生まれの愛媛育ち』です。地域に支えられて成長してきましたので、そのお返しをしなければなりません。したがって、できるだけ愛媛の農林水産物を使った商品開発を行い、『愛媛の食のすばらしさ』を世界中の食卓に届けられるよう努めていく所存です。


(文責 IRC)

オカベグループイメージキャラクター「オカまる」

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