【ベトナムだより】
ベトナムの買い物事情
公開日:2026.05.25
ベトナムで生活を始めてから、日々の買い物の中で驚かされる場面に遭遇することが多くあります。
ベトナムでは、SNSに流れてきたショート動画やライブ配信を見ながら、そのまま決済まで済ませてしまう購買行為が日常的に行われているように感じます。 私自身、現地のスタッフたちが昼休みにスマホ画面を見つめていることを目にすることも少なくありません。SNSはもはや単なる娯楽を超えて、情報収集・買い物まで生活に欠かせないインフラとなっています。本稿では、私の感じたベトナム特有の購買行動について、現地の市場のリアルや、成長途上にあるEC勢力図を交えながら整理してみたいと思います。
INDEX
ベトナムにおけるEC市場
ベトナムのEC市場は、今、大きな転換期を迎えています。ベトナム商工省傘下の電子商取引・デジタル経済局(iDEA)によると、2025年の電子商取引(EC)市場は、前年比25.5%増の310億ドルと急成長を遂げています。
この急成長の原動力は、パソコンよりも先にスマートフォンが生活インフラとして浸透したことにあります。
日本が「伝統的店舗(TT)→近代小売(MT)→EC」と段階的に成熟したのに対し、ベトナムでは「伝統的店舗(TT)→EC→近代小売(MT)」という順序で、近代小売が十分に広まる前にECが普及しています。
日本の小売市場はコンビニやスーパーといったMTの存在感が高く「完成された市場」ですが、ベトナムではいまだに伝統的な市場や個人商店(TT)が6割程度を占めています。信頼のインフラである近代小売(MT)が不足している中で、デジタルがその受け皿となっています。
Shopeeを追い上げる TikTok Shop
ベトナムのEC業界は、かつては多くのプレイヤーがしのぎを削っていましたが、現在は、ShopeeとTikTok Shopによる事実上の「二強市場」へと最適化が進んでいます。
特筆すべきは、その勢力図の変化の速さです。 2024年時点ではShopeeがシェア65%、TikTok Shopが28%と37ポイントの差がありましたが、2025年の推計ではShopee 58%に対し、TikTok Shopが39%まで急伸し、その差はわずか1年で約半分(19ポイント)にまで縮小しました。
老舗のLazadaやTikiは数%規模にとどまり、市場は「検索して買う」Shopeeと、「動画・ライブで買う」TikTok Shopの二大巨頭に集約されています。
特にTikTok Shopは前年比+93%という驚異的な成長率を記録しており、コンテンツが単なる広告ではなく「売場そのもの」として機能する時代に突入しています。
「探して買う」から「ショッパーテインメント」へ
この二強の争いは、消費者の「心の掴み方」の戦いでもあります。
<Shopee(検索型EC)>
「これが欲しい」という目的を持って検索し、最安値を探し出す、安定した「買い場」としてのスタイル。
<TikTok Shop(発見型EC)>
目的がなくても動画やライブ配信を楽しんでいるうちに「予期せぬ出会い」があり、その場の勢いで購入するスタイル。
今、最も重要なキーワードとなっているのが、購買と娯楽を融合させた体験「ショッパーテインメント」です。FacebookやTikTokというSNSを通じて、KOL(インフルエンサー)が何百万人もの消費者と交流しています。単に商品を並べるのではなく、ライブストリーミングを通じて製品体験がリアルタイムで共有されています。この「集客から購買までを短距離化する」仕組みが、ベトナム人の消費意欲をダイレクトに刺激しているといえます。
信頼を支える「個」の力
ベトナムのEC発展において、長年の壁となってきたのが「偽造品問題」です。街角の市場(TT)へ行けばコピー品が公然と並ぶ現状に対し、消費者はデジタル上の「個」への信頼で対抗しています。
日本では「店があるから本物」という信頼が成立しますが、ベトナムでは「ブランドの公式広告」よりも、本音でレビューしてくれるKOLやKOC(意見を持った消費者)が「信頼できる存在」であるようです。この独自の信頼関係をベースにした「衝動買い」を支えているのが、極めて高い返品率と代金引換(COD)という一見アナログな決済慣習です。
日本のEC返品率が数%にとどまるのに対し、ベトナムでは10〜15%、衣類等では30%に達することも珍しくありません。決済手段の約80〜90%を占めるCODの背景には、確かにクレジットカード普及率の低さ(ベトナム約4%強に対し、日本は約68%)という物理的な制約もあるでしょう。しかし、本質的にこの高い代引き比率を支えているのは、「前払い=騙されるリスク」という根深い不信感があるようです。
現場では、届いた荷物をその場で開封し、納得がいかなければ配送員に突き返す「受取拒否(Boom hàng)」が一部では社会問題として取り上げられています。デジタルで注文しつつ、最後はアナログな「己の目」で確認する。こうした確実性を担保する購買スタイルがあってこそ、彼らは安心してSNSでの「衝動買い」を楽しめるのではないかと思います。
おわりに
ベトナムの買い物スタイルを紐解いていくと、スマートフォンの利便性だけでなく、ベトナム人が長い歴史の中で培ってきた「誰を信じ、どう生き抜くか」という知恵が詰まっているように感じます。
今後、さらに新しいテクノロジーが登場しても、ベトナムの消費者が大切にするのは「顔の見える信頼」であり続けるのではないかと考えます。
(田中 貴也)
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