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「造船業再生ロードマップ」を受けた施策が始動~愛媛・瀬戸内圏域の海事産業の現状と今後①~

調査レポート

「造船業再生ロードマップ」を受けた施策が始動~愛媛・瀬戸内圏域の海事産業の現状と今後①~

公開日:2026.05.12

新藤 博之

要旨

1.日本の造船業は国民生活や経済活動を支えるとともに、安全保障の観点からも重要な産業である。中国や韓国との競争激化に伴って新造船建造量は減少しているものの、世界的には建造需要が増加するとみられ、日本は「ゼロエミッション船」などの次世代船舶の需要取り込みが期待される。

2.米国との関税交渉をきっかけに、政府・業界が造船業再興に向けた方針を打ち出した。高市政権下の「日本成長戦略本部」が設定した17の戦略分野に造船が位置づけられるなど、造船業を再生するための「政策の大転換」が図られた。

3.政府が策定した「造船業再生」ロードマップでは、2035年に国内の年間建造能力を今の2倍相当の1,800万総トンとする目標が示された。生産性の抜本的向上に向けた官民合わせて1兆円規模の投資が打ち出され、建造体制の強靭化や人材の確保・育成などの取り組みが推進される。

4.愛媛県が「造船・舶用工業緊急基盤強化事業」を打ち出したほか、今治市や県、愛媛大学、海事関連企業などによる「今治海事エコシステム構築プロジェクト」によって、海事産業を再び成長産業へ押し上げようとしており、今後の動向が注目される。

はじめに

 2025年は、日本の造船業にとって「政策の大転換」の年となった。高市政権が設置した「日本成長戦略本部」で「造船」は戦略分野の一つとなった。日本の造船業再興に向けた「造船業再生ロードマップ」が示され、2035年までに建造量を、現状の年間約900万総トンから1,800万総トンへ倍増させる目標が掲げられた。

  このロードマップは単なる生産能力の拡大・競争力強化だけではなく、DX・AIの活用による産業構造の転換など、我が国の造船業に大きな変革をもたらそうとしている。今回は最近の造船業を取り巻く環境変化を整理するとともに、瀬戸内・愛媛の海事産業群(海事クラスター)の現状や行政・海事関連企業の動きなどについて2回にわたってレポートする。

国内造船業を取り巻く環境

01 日本にとって極めて重要な産業

 四面を海に囲まれ、エネルギーや食料などの物資を海外に頼る日本にとって海上輸送は必要不可欠である。造船業は海上輸送に使用する船舶を安定的に供給し、国民生活や経済活動を支える極めて重要な役割を担っている。また、海上警備や防衛を担う船舶を建造しており、安全保障の観点からも必要な産業である。

 また、船舶は国内生産比率が約8割、地方での生産比率が9割以上であり、ほとんどの部品を国内で調達している。そのため、造船業は裾野が広く、地域の経済・雇用を支えていることからも重要な位置付けである。

02 中韓との競争の中で建造量は減少

 世界の新造船建造実績をみると、中国は、2024年の世界建造量のうち約50%を建造して世界の市場支配を強めている(図表-1)。

 一方、わが国の新造船建造量は減少傾向が続いている。足元では、国内船主の年間建造需要を下回っており、船種によっては海外の造船所に頼らざるをえない状況にある(図表-2)。

 その背景には、①韓国や中国の造船所と比べて日本の造船所の規模が小さい、②鋼材・資材などの価格差で船価が高くなり、競争の中で建造能力を縮小させた、③設計や現場の人材不足が深刻化していることなどが挙げられる。

 一方、海上輸送量の増加や2000年代の「海運バブル期」に大量に建造された船舶のリプレイス需要が発生すると見込まれ、世界的には2030年代には8,000万から1億総トン規模まで建造需要が増加していくとみられる。日本で建造された船舶は他国と比較して品質・性能面での優位性が強みである。温室効果ガスを排出しない「ゼロエミッション船」を始めとする次世代船舶の需要を取り込めば、「世界の造船市場の“ゲームチェンジ”の機会になる」との見方もある。

造船業復興に向けた最近の動向

01 「政策の大転換」

 昨年4月、米国トランプ大統領は、海事産業の基盤再建と支配力回復を目的とした大統領令に署名した。また、相互関税をめぐる交渉で、日本と韓国は造船分野での協力を進める提案を行うなど、米国の海事関連政策・動向に注目が集まった(2025年10月号調査レポート「米国の政策が愛媛の海事産業に及ぼす影響」を参照)。
 米国との関税交渉をきっかけに、造船業の復興に向けて日本政府や与党が動き出した。6月には「骨太の方針」に「日本の造船業を再生し、海運業や造船業を中核とする海事クラスターを強靭化する」方針が盛り込まれた。また、同月に自民党の経済安全保障推進本部が石破首相(当時)に「国内造船業の再生」に向けた緊急提言書を提出した。この提言では関係省庁と連携して2025年秋までの「造船業再生ロードマップ」を策定することを求めた。

02 国内造船業再生の「最後のチャンス」

10月21日に高市首相が就任して以降は、政府の動きがさらに加速した。10月27日に日米両国は「造船分野における協力を促進するための覚書」を結んだ。覚書では『造船業は日米両国の経済と安全保障を支える極めて重要な分野である』ことが明確化された。さらには、高市政権が11月に設置した「日本成長戦略本部」が設定した17の戦略分野に造船が位置づけられ、官民投資のロードマップにもとづく税制優遇や設備投資支援が強化されることとなった(図表-3)。

 17の戦略分野の中でも、造船は突出した方針・取り組みが推進されている。具体的には、2025年度補正予算の総合経済対策で『造船業再生基金』(後述)を創設し、3年程度の事業に必要な予算措置を講じて造船能力の抜本的向上を目指している。また、12月には、経済安全保障推進法で定める「特定重要物資」に船舶の「船体」が追加されたほか、「造船業再生ロードマップ」が策定・公表され、官民連携して1兆円規模の投資実現を目指すこととなった(図表-4)。これを受けて「造船ワーキンググループ」が設置され、実効的な「官民投資ロードマップ」策定に向けた議論が進められている。
 業界でも、邦船大手3社と造船や設計を手がける国内企業7社は、昨年12月1日にアンモニアなど次世代燃料船の設計効率化に関する覚書を結んだと発表した。また、今年1月には、今治造船がジャパンマリンユナイテッド(JMU)への出資比率を60%に引き上げて子会社化するなど「オールジャパン」構築への流れが生まれている。
 日本造船工業会の檜垣幸人会長(今治造船社長)は、政府の基金創設時に「本当に嬉しく思っている」「最後のチャンスだ」などとコメントし、「基金を活用して2035年までに建造量倍増を達成するため努力する」などと述べている。

造船業再生ロードマップ

01 目標は「2035年に建造能力倍増」

 政府が策定した造船業再生ロードマップでは、次世代船舶の受注量で2030年に世界トップシェアを確保することを目指している(図表-5)。

 ロードマップでは、外航貨物船を対象に、2035年に国内の年間建造能力を今の2倍相当の1,800万総トンとする目標を設定した。建造能力増強は、2026~28年のフェーズ1(自動化・省力化設備中心)、29~31年はフェーズ2(施設の新設・拡大)、32~34年のフェーズ3(増強したドック・クレーンの稼働)と3段階での実施を見込んでいる。

  また、船舶建造体制の強靭化を目的に、業界の垂直・水平連携と再編で1~3グループ体制に集約し、複数事業者の一体的行動で生産能力を最大化する方針が示された。

02 官民で約1兆円規模の投資

 2025年6月に自民党が「国主導で1兆円以上の投資を可能とする造船業再生基金の創設」を提言した。これに端を発し、日本造船工業会が「民間で3,500億円規模の投資」を表明し、最終的に「造船業再生ロードマップ」において、官民1兆円規模(協調等含む)の投資が盛り込まれた(図表-6)。

  2025年度補正予算では1,200億円(造船業再生基金のうち、当初3年分)が前倒しで措置された。例年、国土交通省海事局の当初予算(一般会計)は数百億円規模であり、まさに「政策の大転換」を象徴する異例の規模と言える。
 さらに今年2月には、「造船ワーキンググループ」が設置され、国内でのLNG船の建造再開や修繕体制の整備、人材育成、連携体制の構築など、具体的な施策の検討が進められている。政治の強いリーダーシップと迅速な予算措置により「他の戦略分野と比べ、造船のスタートダッシュは注目される」(海事セクターアナリスト)との見方もある。

愛媛・瀬戸内圏域の海事産業振興施策

01 愛媛県や今治市による支援の動き

 愛媛県は、政府が造船業を経済安全保障上の重要分野と位置付けたことを受け、2025年度補正予算による「愛媛県造船・舶用工業緊急基盤強化事業」(9億6,382万円)を計上した(図表-7)。県企業立地課の担当者は、「現時点において国の支援対象とならない中小造船所や舶用メーカーを主な対象にし、愛媛の基幹産業の一つである造船の再生と底上げを目指す」と話す。公募受付期間は4月6日~28日だったが、「中堅・中小事業者を中心に、予算上限を上回る多くの申請があった」そうだ。
 現時点では管見する限り、広島県や岡山県、香川県などで同様の事業・予算措置は取られていない。ただ、「担当者が情報収集中」(中国地方の海事関係者)との声もあり、今後の動向が注目される。

02 海事人材の確保・育成も強化

 海事産業の「人手不足」が深刻化し、全国的に海事関連を学べる大学が減少している中、今年度、愛媛大学工学部は「海事産業特別コース」を新設した。昨年10月にはコースの拠点となる「今治サテライト」が開設され、同コースの3~4年生は「今治サテライト」を中心に市内の造船所での実習やインターンシップをとおして、造船技術だけでなく、経済・ファイナンスなども学び、幅広い知識を持つ高度人材の育成が期待されている。また、2016年に設置された今治工業高校の機械造船科でも「業界ニーズを踏まえ、さらなる人材育成強化策を検討している」(愛媛県企業立地課)とのことである。

次回に向けて

 政府・自治体は、「造船業再生ロードマップ」によって、まさにギアを入れた本格的な業界支援・構造改革に乗り出した。海事関係者は、政策の大転換に大きな期待を寄せる一方、実現可能性に懸念の声も聞かれる。
 次回は、このロードマップが、特に愛媛・瀬戸内圏域の海事産業事業者にどのような期待や課題をもたらし、どのような対応策を講じているのかなど、アンケートやヒアリングを中心に取りまとめる。

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