厳しい環境が続く県内新卒採用市場 ~リアルな企業情報と現場感ある職場体験の工夫を~
公開日:2026.05.11
INDEX
要旨
1.県内の新卒就職希望者数は直近10年間で約1,000人減少している。また、県内就職内定率にも低下傾向がみられ、県内企業の新卒採用は厳しい環境に直面している。
2.2026年度入社予定の新卒採用活動を実施した企業のうち、約7割が採用計画を下回る。労働集約型の業種や企業規模が小さいほど、採用難の傾向がみられた。
3.2025年にIRCが実施した大学生アンケートでは、学生は職場体験や働くイメージに関する情報を重視している。今回の結果から新卒採用が計画通りに進んだ企業の取り組みをみると、初任給引き上げが容易ではないなかで、情報発信と職場体験等の在り方が採用の成否を左右する要素であることが改めて示された。
4.採用活動の課題では、企業・業界の知名度やコスト面で共通の認識がみられた。一方、求める支援策では企業規模や採用状況による違いが明らかとなり、企業特性や採用プロセスを踏まえた対応が必要である。
5.県内企業の新卒採用は、地域経済の発展と雇用基盤の維持に直結する。リアルな企業情報の発信と現場感ある職場体験等で、新卒者に「愛媛のこの会社で働きたい」と思わせる工夫が望まれる。
はじめに
新卒採用は、企業における将来的な中核人材の育成と企業成長の出発点である。しかしながら、少子化の進展と大都市圏への人口流出が加速するなか、地方の中小企業における新卒採用は困難な局面を迎えている。そこで、本レポートでは県内企業へのアンケート結果を基に、新卒採用状況と問題点を明らかにし、今後求められる取り組みについて考察する。
新卒採用を取り巻く環境
愛媛労働局のデータから、県内の新卒採用を取り巻く環境を振り返る。
県内就職希望者数の推移
ここ数年の県内新卒就職希望者数は5,300人前後で推移しているが、直近10年間で約1,000人減少している(図表−1)。学校種類別に占める割合をみると、少子化と大学進学率の上昇を背景に、高校卒の就職希望者数に減少傾向がみられる。
内定率の推移
新卒就職希望者の中心となる高校卒と大学卒の内定率をみると、全体では9割前後で安定的に推移しているが、県内就職に限ると直近10年間で低下している(図表−2)。
県内企業の新卒採用は、就職希望者数の減少と県内就職内定率の低下という厳しい環境に直面している。
アンケート結果の概要
こうした背景から、県内企業における新卒採用の状況と問題点を把握するため、以下の内容でアンケートを実施した。
2026年度入社の新卒採用活動
全体の61.9%が2026年度入社の新卒採用を実施した(図表−3)。
新卒採用を実施した企業の採用状況
新卒採用を実施した企業のうち、「計画通り」または「計画より多く」採用できた企業(以下「採用できた企業」)は合わせて全体の29.5%にとどまった(図表−4)。計画より少なかった企業が38.0%、採用できなかった企業が32.5%に上り、合わせて70.5%が採用計画を下回る。業種別にみると、運輸(55.6%)や建設(53.3%)で半数以上が「採用できなかった」と回答しており、労働集約型の業種で採用難がみられた。
従業員数別では、企業規模が小さいほど採用難が顕著である。「20人以下」では61.1%が「採用できなかった」と回答したのに対し、「101人以上」では9.9%にとどまる(図表−5)。中小企業の中でも特に小規模事業者が採用難に直面している。
地域別では、「採用できた企業」の割合が中予は36.5%と最も高かった一方、東予23.9%、南予23.8%と10ポイント以上の地域差がみられた(図表−6)。「採用できなかった」割合も、中予と東・南予で2倍を超える差がみられた。
採用の成否を左右した取り組み
(1)大学生が重視する採用活動
IRCが2025年に実施した県内大学生へのアンケートによると、学生が重視する企業の採用活動は「職場体験・インターンシップの充実」と「労働環境・働くイメージに関する情報の発信」が「重視する」と「やや重視する」を合わせて8割を超え、上位2項目となった(図表−7)。
(2)計画通り(多く)採用できた企業が有効だったと考える取り組み
「初任給の増額」が40.8%と最も高く、次いで「職場体験等の充実」(32.7%)、「リアルな企業情報の発信」(26.5%)が続く(図表−8)。初任給を除く取り組みのうち、学生が重視する職場体験等や働くイメージに関する情報発信が、採用の成否を左右する重要な要素であることが企業側からも示される結果となった。
【初任給の改定状況】
回答企業の学校種類別にみた2026年度の平均初任給水準は、全ての種類で前年度を上回った(図表−9)。高校卒の上昇率が最も高く、大学卒との差額にも縮小がみられるなど全体的な底上げは進んでいるが、東京や全国の平均との差は大きい。多くの企業から、「大都市部の一部企業の高初任給が話題になり過ぎる」という不満の声が聞かれた。
有効だった取り組みのうち、学生が重視する活動でもある「職場体験等の充実」と「リアルな企業情報の発信」について、具体的な内容をヒアリングした。
【職場体験等の充実】
採用できた企業の職場体験等に共通しているのは、期間の長短に関わらず学生が「ここで働く」というイメージを持てるような「現場を感じられる体験」である。
●人事担当者が説明するだけでなく、入社後の仕事をイメージしてもらうために工場見学を実施。入社後のヒアリングでは、社員が生徒に接する態度や、生き生きと働く姿が入社意欲を高めたようだ(印刷)
●単なる店舗見学や一方的な押し付けではなく、模擬接客など学生が望むような内容で3日間のカリキュラムを組んだ。おかげで、「面白かった」と好評だった(小売)
●クラス単位で半日の職場見学を受け入れた後、興味を持った生徒には1週間で全製造工程を回る職場体験を実施して採用につながった(機械製造)
こうした就業体験型のインターンシップを実現するためには人事部門だけでなく、事例の企業のように営業や製造現場など他部門を巻き込んだ全社的な取り組みが不可欠である。
【リアルな企業情報の発信】
学生側が重視するのは、「良い」情報ではなく「リアル」な情報かどうかである。採用に結び付いた企業では、数値面だけでなく、先輩社員の声や一日の仕事の流れなど社員の「顔」がみえる情報提供や機会作りに取り組んでいる。
●セミナーや合同説明会を活用して、直接「口説く」場を設けるほか、必ず工場見学をセットにすることで仕事内容への不安を払拭し、立地的に引っ越し前提となる点を伝えてミスマッチをなくしている(食料品)
●人事担当者以外の先輩社員との座談会や、ブログで社員の一日のスケジュールなどを発信している。コロナ明けに採用を再開した際に、講義方式ではなく、より具体的に自社や社員を知ってもらう活動へ変更した(その他サービス)
●離職率や残業時間などの情報も開示している。あえてマイナスの情報も提供することで、自社が採用したい学生と出会う確率が上がった(小売)
(3)採用できなかった企業が不十分だったと考える取り組み
「リアルな企業情報の発信が不十分」が50.4%と最も高く、「初任給水準が不十分」(31.6%)を上回った(図表−10)。
【リアルな企業情報の発信が不十分】
採用できなかった企業にヒアリングしたところ、以下のような点からリアルな企業情報の発信が不十分だったと感じている。
●製品は認知されているが、生徒や学生に就職先として情報が届いていない(機械金属)
●初任給引上げが難しいなかで情報発信の必要性は感じているが、専任者を配置する余裕がない(小売)
●県外競合が増えたのでこれまでと同じ内容では、相対的に露出が減るうえに埋没する(宿泊)
●最近は学校や親の勧めより自分で情報収集する生徒が増えたので、目に留まりにくくなった(食料品)
そこで、新卒採用活動を情報発信の面から支援している企業に、採用を成功に導く情報発信のポイントを聞いた。
採用を成功に導く企業情報発信のポイント
(1)興味の「受け皿」の提供
採用広告やHPの作成が目的となってしまい、せっかく興味を持った新卒者を逃している可能性がある。ブランディングなどと大きく構える必要はなく、スタッフブログや何気ない職場の日常を投稿するだけでも知りたい情報の「受け皿」となる。最近は、箇条書きのプロンプトでブログを作成するAIも登場しており、専任者を置く余裕がない企業でもすぐに発信することができる。
(2)業種・業界単位での情報発信
認知度が低い場合、企業名で発信しても効果が限定的なため、業種・業界単位での発信が有効である。例えば、「愛媛のマーケティング会社の一日」とするだけで業界に興味がある新卒者の目に留まりやすくなる。また、ニッチな業界であれば生活シーンに置き換えたり、地域の暮らしに役立っていることを盛り込んだりすることで、認知される可能性が高まる。
(3)新卒者の情報入手経路の把握
企業はHPやSNSを採用の成否に影響する取り組みとして、重視していないことがうかがえる(図表−8、10)。一方、大学生の約7割は重視(図表−7)しており、ここに認識のズレが生じている。情報発信の効果を高めるためには、新卒者の情報入手経路の把握が欠かせない。
採用活動の課題
新卒採用における課題を尋ねたところ、全体では「企業知名度・業界知名度が低い」が38.8%で最も高く、次いで「採用コストが掛かる」(25.4%)、「選考に時間と人手が掛かる」(19.0%)が続く(図表−11)。
従業員数別では、企業規模が大きくなるほど「採用コストが掛かる」と「選考に時間と人手が掛かる」の割合が高く、採用活動に関する人手・時間・費用の全てが負担となっている。一方、企業規模が小さいほど「特にない」が多く、採用活動への消極姿勢がうかがえる。
採用状況別にみると、採用できなかった企業では「企業知名度・業界知名度が低い」(57.4%)と「学校との関係強化が図れない」(25.9%)が比較的多い。新卒者へのアプローチ時点で課題に直面しているため、その後の採用につながっていない。一方、採用できた企業では「採用コストが掛かる」(44.9%)が最も多い。採用プロセスが進み成果も上がっている反面、負担の大きさがうかがえる。
今後の新卒採用方針
全体では、「新卒より現在の給与水準に見合う即戦力を採用する」が30.2%と最も高く、次いで「新卒採用するために初任給を引き上げる」(19.8%)、「採用より既存社員の定着化を最優先にする」(19.4%)が続く(図表−12)。
従業員数別では、企業規模が大きいほど「新卒採用するために初任給を引き上げる」が多い。一方、規模が小さいほど「新卒より現在の給与水準に見合う即戦力を採用する」と「採用より既存社員の定着化を最優先にする」を合わせた割合が高く、即戦力または既存社員の確保・定着に注力する現実的な方針がみられた。
採用状況別では、計画より少なかった企業で「新卒採用するために初任給を引き上げる」が42.9%と最も高い(図表−13)。初任給増額が効果的だったと考えている可能性があるが、今後も継続的に採用していくためには情報発信や職場体験等の工夫が欠かせないだろう。一方、採用できなかった企業では、新卒採用より即戦力を採用する方針が最も多かった。
行政・支援機関等に求める支援策
企業が行政・支援機関等に対して求める支援策では、「中小企業合同の説明会やアピールの場」が39.2%と最も高く、次いで「職場体験や実習環境の支援」(25.7%)、「採用活動に掛かるコストの一部助成」(22.4%)と続く(図表−14)。
従業員数別では、企業規模が大きくなるほど「中小企業合同の説明会やアピールの場」と「採用活動に掛かるコストの一部助成」が多く、新卒採用への意欲が感じられる。一方、「20人以下」では「特にない」が47.8%と最も高い。今後の方針として、新卒採用よりも既存社員の定着化を志向する姿勢を反映した結果と考える。
採用状況別では、採用の成否を問わず「中小企業合同の説明会・アピールの場」と「職場体験や実習環境の支援」が多く、生徒や学生に自社を知ってもらう機会や職場体験等への支援は共通している。また、採用できた企業ではコスト助成への要望が多く、採用コストへの課題意識の高さを反映している。
以上から、行政・支援機関等には「新卒採用」と一括りにした一律の支援策ではなく、課題を抱えている採用プロセスや企業規模の特性を踏まえたうえで、対象となる生徒・学生との橋渡し的な役割と企業の負担軽減という両面での支援が求められる。
おわりに
県内企業の2026年度新卒採用は、採用を実施した企業の約7割が計画を下回った。計画を下回った企業の多くは知名度や情報発信の在り方など、新卒者へのアプローチ面を課題に挙げる。一方、採用が進んだ企業の約4割が初任給を増額したが、依然として全国平均や大都市部との格差は残る。
今後も県内新卒採用市場は厳しい環境が見込まれるが、賃上げとコスト高に見舞われる多くの県内企業にとって初任給の引上げは容易ではない。こうした状況で継続して新卒採用するためには、ヒアリングした企業のように学校や学生のニーズにマッチした情報発信等がカギとなるだろう。
中小企業の新卒採用は、地域経済の発展と雇用基盤の維持に直結する。リアルな企業情報の発信と現場感ある職場体験等で、新卒者に「愛媛のこの会社で働きたい」と思わせる工夫が望まれる。
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