愛媛における陸上養殖の新たなチャレンジ
公開日:2026.05.08
INDEX
はじめに
世界の人口増加と食料需要の拡大に伴う水産資源の乱獲や気候変動による海洋環境の変化の問題などから、水産物の安定供給が従来の方法だけでは難しくなりつつある。日本においても、漁獲量の長期的な減少や漁業従事者の高齢化・後継者不足といった問題が深刻化しており、水産業のあり方が問われている。そこで今回は、安定供給の方法の1つとして注目される陸上養殖の新たな取り組みを紹介する。
水産業を取り巻く環境
世界の水産物需要は右肩上がり
世界の水産物生産は長期的に増加しているが、天然漁業による漁獲量は1990年代で頭打ちとなり、現在では世界の水産物供給の半分以上を養殖が占める(図表-1)。近年の水産物供給の増加は主に養殖業の拡大によって支えられている。
日本は生産減少が続く
日本の水産業を取り巻く環境は大きく変化している。需要面では人口減少に加え、食生活の変化による“魚離れ”が進み、国内の食用魚介類の供給量(≒消費量)は長期的に減少傾向にある(図表-2)。それにもかかわらず自給率が改善しないのは、漁業従事者の減少や高齢化、燃料費などのコスト高、水産資源の変動などを背景に、国内の漁業生産量が減少している側面がある(図表-3)。
世界的には人口増加や所得向上により水産物需要が拡大するなかで、輸入依存度の高い日本は将来的に輸入競争に負けて国内需要をカバーできなくなるリスクをはらむ。
こうした状況のなか、水産物の安定供給の観点から養殖業の重要性が改めて認識されるようになり、政府は2020年策定(2021年改訂)の『養殖業成長産業化総合戦略』において生産性向上や輸出拡大をめざす戦略を立てた。このなかで、陸上養殖は安定供給につながる有効な技術の1つだとされている。
陸上養殖の現状
陸上養殖とは
陸上養殖は、海や川などの自然水域ではなく陸上に設置した水槽や施設内で魚介類を育てる養殖方法で、主に『かけ流し方式』、『閉鎖循環方式』の2つの方式がある(図表-4)。
①かけ流し方式
海水や地下水、河川水などを水槽に引き込み、使用した水をそのまま外部へ排出する。構造が比較的簡単で導入しやすい一方、大量の水を必要とするため、良質で安定した水源を確保できる場所に限られる。
②閉鎖循環方式
陸上の施設で飼育水をろ過・浄化して循環利用し、外部環境の影響を受けずに魚介類を育てることができる。台風などの自然災害の影響を受けることもなく、水質や水温を完全にコントロールすることで出荷時期を調整し、安全で安定的な生産が可能となる。
陸上養殖の届出制度
海面養殖は漁業権制度のもとで管理されてきた一方、陸上養殖はこれまで事業実態を行政が十分に把握できていない状況が指摘されていた。そこで政府は、排水などに伴う周辺環境への影響や持続的かつ健全に発展させていくための知見を深めるべく、養殖場の所在地や養殖方法などの実態を把握する届出制度を2023年4月に導入した。
届出の状況
2026年1月1日時点における陸上養殖業の届出件数は全国で808件となっている。都道府県別では沖縄、大分、鹿児島の順に多く、九州地方に多い傾向がみられる(図表-5)。愛媛は28件で7番目に位置する。
生産の状況
日本全体で陸上養殖の2024年度出荷数量は7千トン弱と前年より8%伸びているが(図表-6)、海面養殖業(約80万トン)の1%未満と限定的で、陸上養殖はまだ黎明期にある。
出荷数量の内訳をみると、ヒラメが陸上養殖全体の約4分の1を占める。これは1980年代頃から陸上養殖システムが普及し、既に手法が確立されているためだ。また、ヒラメは“高級白身魚”という位置づけで大衆的な消費量拡大をめざす魚種ではない。
一方、陸上養殖で大きな伸びをみせるのが「ニジマス」(トラウトサーモン)だ(図表-6)。サーモンは生で食べられることで人気となり、いまや国内消費量トップを独走する“国民的魚種”に成長した。この巨大な需要を従来の海外輸入から国内陸上養殖に転換する動きは、単なる生産手法の変更ではなく、輸入依存からの脱却と食料安全保障、そして地域での外貨獲得手段としてのポテンシャルを秘める。近年は大手企業や異業種企業の出資などによる参入もみられ、各地で新たな取り組みが進められている。その一例として、四国旅客鉄道株式会社(JR四国)が西条市で取り組むサーモンの陸上養殖を紹介する。
JR四国が挑むサーモン養殖
新規事業のアイデアを具現化
JR四国では、『非鉄道事業における最大限の収益拡大』を中長期的なビジョンに掲げ、新規事業のアイデアを社内外から募集、採択された1つが陸上養殖事業だった。当初はエビ養殖と水耕栽培を組み合わせたアクアポニックス事業を試行したが採算面で断念し、サーモン養殖にシフトした。
熊本でのトライアルを経て西条へ
当社には養殖のノウハウがなかったため、陸上養殖システムを開発した有限会社ひらやま(熊本県八代市)の協力を得て、2024年から同社敷地内で実証を開始。成育が順調に進んだため本格的な事業化を決断し、西条市にある愛媛県漁業協同組合ひうち支所の敷地内で養殖設備を整え、約4,700尾のトラウトサーモンを放流した。
西条市を選んだのは、陸上養殖において生命線となる安定した水温・水量・水質が確保できるためだ。近くの井戸から汲み上げる“うちぬき”を使った『かけ流し方式』で、水温は年間を通じて18~20℃で安定して水温調整が不要であり、水量も豊富にある。また、“うちぬき”は水道水以上に良質で、ろ過や殺菌などを行う設備も必要ない。このため、イニシャル・ランニング両面のコストを大きく抑えられている。
昨年12月に“サイモン”を初出荷
日々の管理は、地元の漁協組合員企業と連携している。朝夕2回それぞれ2時間程度をかけ、13基の生簀の掃除と給餌を徹底し、水温や水質は担当者のスマホやパソコンから管理している。餌は粉ミルクを配合することで、臭みがなく甘みと旨味が増す魚体になる。「サーモンは苦手だがこのサーモンなら食べられる」という人もいるそうだ。
昨年12月、2㎏程度にまで成長したサーモンが初出荷され、県内飲食店や西条市のふるさと納税返礼品として販売を開始した。ここで育ったサーモンは、西条の「サイ」とサーモンの「モン」を掛け合わせた“サイモン”のブランド名として流通している。
生簀の増設、事業拡大も検討
現在は需要に供給が追いついておらず、出荷量を調整している。JR四国の森田雅祐事業開発本部担当部長は「この場所では最大30〜40基程度増設できる。安定出荷の体制が整えば、生簀の増設、魚種の拡大も検討したい」と話す。また、四国島内の水資源の豊富な他地域への多拠点展開、さらには養殖ノウハウをパッケージ化したフランチャイズ化も視野に入れ、さらなる成長をめざしている。
おわりに
陸上養殖は水温や水質を人工的に管理できる新しい養殖手法として注目されているが、設備投資が大きく、立地条件によって採算性が大きく左右されるものでもある。愛媛県は平野部が限られているうえ、水資源も一部地域を除けば必ずしも潤沢とはいえず、大規模な陸上養殖施設には不向きかもしれない。そういう意味では、JR四国の取り組みは立地条件と地元の協力、企業のチャレンジ意欲がうまく重なった事例といえる。
また、愛媛が全国有数の養殖産地として培ってきた技術や人材、流通網といった水産業の基盤は、陸上養殖においても大きな強みとなる可能性を秘める。
現時点では、県内における陸上養殖の取り組みは限定的である。しかし、JR四国の挑戦は、今後の展開を占う試金石と言える。発展が見込まれるAIやドローンなどの先端技術を駆使して自動化・省力化を実現するスマート養殖を組み合わせることで、立地条件の制約を乗り越える可能性も開けるだろう。陸上養殖が持続可能な水産物供給と地域経済活性化の双方を実現する一助となることを期待したい。
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