企業の教育への関わり方に関する調査
~四国の高校生1万名アンケートから考える地元回帰への取り組み~
公開日:2025.09.22
四国は、少子高齢化に伴う「自然減」だけでなく、若者を中心とした転出超過による「社会減」が顕著である。また、人口動態は、多くの若者にとって高校卒業後の進路選択が地元を離れるかどうかを判断する最初の分かれ道となることを示している。人口減少に直面する四国が存続し続けるためには、若者が生まれ育った地元に戻って来てくれることは大きな意味を持つが、現状を踏まえると、若者が地元にいる高校生のうちに、将来を考える機会を提供する場として、キャリア教育への取り組みが必要と考える。こうした認識の下、2024年度に四国経済連合会と、四国の地方銀行4行(伊予銀行、阿波銀行、百十四銀行、四国銀行)による四国創生に向けた包括提携「四国アライアンス」の「地域経済研究会」(4行の系列シンクタンクで構成)は共同で、四国の高校生1万名と企業・団体へのアンケートおよび教育機関や企業・団体等へのヒアリングを通じて、高校生に対するキャリア教育が地元への回帰志向を高める取り組みであることを明らかにするとともに、今後のあり方に関する提言の取りまとめを行った。今回から2回に分けて、調査概要を紹介する。今回は、四国の高校2年生に対して行ったアンケート結果と教育現場へのヒアリングを中心に、キャリア教育に取り組む意義と重要性を示す。次回は、企業・団体等へのアンケート結果とキャリア教育を実施している企業へのヒアリングを通じて、四国におけるキャリア教育の現状と課題を明らかにし、教育界と経済界に対してキャリア教育を単発的なイベントで終わらせないための提言を行う。若者の地元回帰志向を高めるために四国がどのように対応していくべきか、多くの人に認識していただく機会となれば幸いである。
INDEX
四国の現状と課題
加速する人口減少
四国の人口は、1985年から2023年までの約40年間でおよそ70万人減少した。今後はさらに加速することが見込まれ、将来推計によると25年後の2050年には2020年比で総人口が約110万人、労働力人口は約80万人減少すると予想されている(図表-1)。
若者の県外流出
四国における2023年の転入・転出の動きを年齢階級別にみると、転出超過数の約8割(8,726人)を、進学や就職の時期に相当する「15~24歳」の若者が占める(図表-2)。県外への人口流出の主要因は若者の移動であり、進学や就職を機に県外へ出たまま戻って来ない若者の多さが確認された。なお、高校卒業のタイミングである「15~19歳」よりも「20~24歳」で転出超過数が多いのは、住民票を大学進学時ではなく、就職後に異動させるケースがあるためと推測する。
問題意識
少子高齢化に伴う「自然減」と、若者を中心とした転出超過による「社会減」によって、四国の人口減少は急速に進んでいる。更に、将来的な労働力不足も懸念される状況を踏まえると、人口減少が深刻化する地域社会が今後も存続するためには、若者が育った地域に戻って来てくれることが大きな意味を持つ。また人口動態は、多くの若者にとって高校卒業後の進路選択が地元を離れるかどうかを判断する最初の分かれ道となることを示している。そうした進路選択を控えた高校生が、自身の将来をどのように考えているかを知ることは、県外流出を可能な限り抑制するための解決の糸口になるものと考える。
四国の高校生へのアンケート
四国への回帰を促す要因を分析し、地域社会が目指すべき方向性を探るため、四国内の県立高校2年生および中等教育学校5年生ならびに私立・専門学校を含む約1万名の生徒へアンケートを実施した。なお、将来の居住意向のうち「ずっと住み続けたい」を「定住志向」、「一度県外へ出ても、地元に戻って住みたい」を「回帰志向」とする。
調査概要
調査結果(要旨)
A.地元愛と将来の居住意向
将来の居住意向を尋ねたところ、「ずっと住み続けたい」「一度県外へ出ても、地元に戻って住みたい」が合わせて51.4%と5割を超えている(図表-3)。また、地元に対する愛着度と将来の居住意向の関係をみると、愛着が強いほど、定住志向または回帰志向が高くなる傾向が確認された。
B.高校卒業後の進路
高校卒業後の進路希望は、「大学」「短期大学」「専門学校等」への進学が合わせて73.6%、「就職」が18.9%だった(図表-4)。
全体の7割を占める進学希望者の進学先では、「県内進学」が27.5%に対し、「県外進学」が52.7%となり、半数以上が県外への進学を希望している(図表-5)。県別にみても、割合に多少の差はあるものの、4県とも県外進学が県内進学を上回っており、同じ傾向が確認された。
C.進学希望者の将来の居住意向
進学希望者に将来の居住意向について尋ねたところ、「ずっと住み続けたい」「一度県外へ出ても、地元に戻って住みたい」と回答した生徒の割合は、全体では49.3%だったのに対し「県内進学」では67.8%にまで高まる(図表-6)。
また、「県外進学」では、「一度県外へ出ても、地元に戻って住みたい」が37.9%と4割近くを占めており、一定数は存在している。
D.進学先を決める際に重視すること
進学先を決める際に重視することを尋ねたところ、「学部・学科」が70.3%と最も多く、「資格や免許」が34.6%で続く(図表-7)。県内進学をしたくても、大学や学部の選択肢が少なく、「県外進学」を選ばざるを得ない状況であることが推測される。
E.就職希望者の進路と将来の居住意向
全体の約2割を占める「就職」希望者の就職希望地域をみると、「県内就職」が50.5%、「県外就職」が16.0%となっており、県内での就職を希望する生徒が比較的多い結果となった(図表-8)。県別にみると、立地環境や産業構造の違いから割合に差はあるものの、県外就職より県内就職の方が多いという同じ傾向が確認された。
「就職」希望者に将来の居住意向を尋ねたところ、「県内就職」希望者では、「ずっと住み続けたい」「一度県外へ出ても、地元に戻って住みたい」を合わせて75.4%と全体の62.5%を大きく上回った(図表-9)。また、希望地域について「どこでもよい・場所にはこだわらない」「まだ決めていない」と回答した生徒では、地元への定住または回帰志向が5割を超えている。
F.働きたい企業の有無と将来の居住意向
地元に働きたい企業があるかを尋ねたところ、全体では「分からない・知らない」が49.9%と最も高く、次いで「ある」が36.8%、「ない」が13.3%となった(図表-10)。県別にみても、同様の傾向が確認された。
働きたい地元企業の有無と将来の居住意向の関係をみると、働きたい企業が「ある」と回答した生徒は定住または回帰志向を持つ割合が67.0%と高く、「ない」と回答した生徒では約半数が「住みたくない」(49.5%)と考える傾向がみられた(図表-11)。
G.高校生が知っている地元企業
名前だけでも知っている地元企業の数を尋ねたところ、全体では「1~4社」と回答した割合が48.1%と最も高く、次いで「ゼロ」(20.8%)となった。県別では、「ゼロ」と「1~4社」の割合に大きな違いがみられるが、5社以上を知っている生徒が比較的少ない傾向にあることは共通している(図表-12)。
また、企業を知るきっかけについて尋ねたところ、「テレビや新聞」(26.6%)と「家族」(26.3%)が最も多く、次いで「近所にあるから」(17.3%)や「学校の先生や授業」(16.3%)が続く(図表-13)。
高校生の意識とキャリア教育の必要性
1万名を超える生徒からの回答をもとに進路選択における意識を分析した結果、将来的な回帰志向を高める上でのポイントとして、以下の4点が挙げられる。
・地元への愛着が強いほど定住志向または回帰志向が高くなる
・県外進学者でも「地元に戻って住みたい」が4割近くを占め一定数存在している
・地元で働くイメージを持てることが将来の居住意向に影響を与える可能性がある
・高校生が身近に感じる存在からの情報が企業の認知度を高める要因の1つになっている
今回のアンケート結果において、県外進学希望者のなかにも回帰志向を持つ生徒が一定数存在していることが明らかになった。この点は、構造的な人口減少に悩む地域社会にとって1つの希望といえる。若者の県外流出を少しでも抑制するには、こうした生徒に対する早い段階からのアプローチが必要である。
また、地元で働くイメージを持てることが将来の居住意向に影響を与える可能性がある点を踏まえると、地域と地元企業をより身近に感じる取り組みを通じて、「いつかは戻りたい」という回帰志向の意識を高めていくことが重要である。その際、企業には、従来のメディアに頼った一方通行のコミュニケーションだけではなく、高校生がより主体性を持って地域と地元企業とのつながりを持てるようなきっかけ作りが求められる。そのカギとなるのが、高校生と企業が直接触れ合う機会である「キャリア教育」といえよう。
キャリア教育
変遷と定義
「キャリア教育」という言葉は、1999年に学校教育から職業生活への円滑な移行を目的として提言された中央教育審議会(以下「中教審」という)答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」(以下「接続答申」という)の中で初めて登場した。
その後、職場体験活動の広がり等により全国に進展していったが、教員一人一人の受け止め方や実践内容・水準にばらつきが生じる等の課題が顕在化したため、2011年に中教審答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(以下「キャリア答申」という)が提言された。その中で、キャリア教育は「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」と新たに定義付けられた。また、同提言の育成対象に掲げられている「基礎的・汎用的能力」とは、「社会的・職業的自立」「学校から社会・職業への円滑な移行」に必要な能力のうち、特にキャリア教育の中で育むべきものと位置付けられており、「人間関係形成・社会関係形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリアプランニング能力」から成るものと定義されている(図表-14)。
企業がキャリア教育に関わる意義
基礎的・汎用的能力のうち、「キャリアプランニング能力」は、キャリア答申によると、「『働くこと』の意義を理解し、自らが果たすべき様々な立場や役割との関連を踏まえて『働くこと』を位置付け、多様な生き方に関する様々な情報を適切に取捨選択・活用しながら、自ら主体的に判断してキャリアを形成していく力」と定義付けられている。様々な情報を取捨選択しながら、自律的に自身のキャリアを考えていく「キャリアプランニング能力」の伸長には、「企業活動やそこで働く社員の生の声を知ること」「地元企業について理解を深めること」が有用な手段の1つであり、そこに企業が教育に関わることの意義がある。四国で顕著に進む人口減少・少子高齢化に歯止めをかける観点からも、地域や企業がキャリア教育に積極的にかかわることが重要である。
四国の教育界からみたキャリア教育の現状
ヒアリング概要
そこで、教育現場での参考となり得るキャリア教育の活動事例を対象に、取り組みに至った経緯と取り組み概要、成果等を調査することを目的として四国内の9校へヒアリングを実施した(詳細は文末URLにある報告書本編参照)。ここでは、愛媛県の2校の取り組み概要をご紹介する。
愛媛県立東予高等学校 ~地域産業を支える専門的職業人の育成~
【取り組みの経緯と概要】
ものづくり教育の一環として、県が実施する「えひめ未来マイスター育成事業」に同校独自の取り組みを加えて、地域や産業界と連携した実践的な取り組みを通じて各専門分野の卓越した技術・技能を身に付ける。
具体的には、企業技術者等を学校に招へいし、生徒に実技指導を行なっていただく「匠の技教室」やインターンシップの実施、更には校内に企業ごとにブースを設けて生徒が興味のある企業の説明を受ける「マッチングフェア」を行なうことで、確かな技術や勤労観、職業観を身に付けることを目指す。
【成果】
以下の具体的な取り組みを通じて、生徒の専門分野への興味や関心、職業観は高められており、特にインターンシップ後の生徒たちの成長には、担任を含め2年生に携わる教員はその成果を実感している。
▶企業技術者による「匠の技教室」
製品の製造や組み立て作業、安全教育など
▶インターンシップ
38社の協力企業に対し79名が参加
▶ 「ものづくり研究開発」
防災機器の製作やWEBシステムの応用、倉庫建て替えなど
▶ マッチングフェア(就職ガイダンス)
全科の1、2年生(136名)を対象に13社が参加
▶関連企業等への体験研修(企業見学)
12社の協力企業に対し196名が参加
【課題】
▶取り組む姿勢や態度について、企業側からご指摘をいただくケースがあった。多様な生徒が入学している中、担当教員や担任は事前指導も含めて随時指導を行っているが、対応に苦慮しているのが現状。
▶教育機関としては、職業観の醸成を通じて定着率を高めることを最大の目的としているが、昨今の人手不足の深刻化を背景に、企業のなかには採用目的を前面に出してくる場合もある。売り手市場のおかげで協力企業の確保に苦労はないが、反面、本事業の趣旨や同校の目的を理解していただけるよう説明を尽くす必要がある。
愛媛県立南宇和高等学校 ~「地域振興研究部」による地域活性化~
【取り組みの経緯と概要】
南宇和郡に唯一の高校として、地域行事への参加をスムーズに行うため、2017年から「地域振興研究部」としての活動を開始。
愛南町の魅力を多くの人に伝えたいとの思いが強く、その魅力を地域の活性化につなげたいと考えている。
【成果】
以下のような活動を通じて、生徒たちは「地域のために自分たちができることがないか」を考えるようになり、次第に地元を「自分のやりたいことが実現できる場所」と感じるようになっている。
▶地元特産品のPR
全国で愛南ゴールドのPR活動を行うほか、2018年4月に柑橘類では全国の高校で初となる「グローバルGAP」の認証を取得し、2021年7月に東京オリンピック選手村の食材として各国の選手に提供された。こうした活動が高く評価された結果、2022年度「未来をつくる若者・オブ・ザ・イヤー」で、内閣府特命担当大臣表彰を受賞。
▶地元企業と連携した商品開発
愛南町のブランド鯛「愛南ゴールド真鯛」は、同校生徒たち自らが栽培し農産物の国際規格「グローバルGAP」を取得した愛南ゴールドと全国第1位の養殖生産量を誇るマダイを掛け合わせることで、当地にしかない味のブランド鯛として誕生。この取り組みは、「2023年田舎力甲子園」の最優秀賞も受賞した。
【課題】
▶現在は、専門部署を設けて企業との連絡・調整を行っているが、過去には担当教員が数社と直接連絡を取り交渉していたため、負担が大きかったと思われる。また、企業は収支が重要であり、経済的な面や活動時間の制約が課題である。部活動としては、放課後や休日が活動時間となるが、企業は平日の日中の活動が望ましく日程調整が難しい。
▶連携を深めるためには定期的な活動や意見交換が必要である。現在、定期的に意見交換するようにしているが、上記のような課題から予定通り実施できないことも多い。また、企業からいろいろな計画を立案していただけるが、それに生徒の自主性や意見をどのように活かしていくかが大切である。
ヒアリングからみた教育現場における現状と課題
A.教育現場の現状
・生徒が将来の職業や生き方について学ぶ取り組みを通じて、郷土愛の醸成や生徒の自主性・主体性の育成につながる。
・生徒が地元で働く人々の姿に触れることで、「地元で働く」ことへの理解が進み、県内進学や県内就職のイメージ明確化に役立つ。
B.教育現場の課題
①継続性ある活動に向けた組織的な支援
・日々の生徒の指導に加えて、教員1人あたりの業務負担が大きい。また、教員の熱意に依存している部分もあるため、異動後の継続性に懸念がある。
②企業との目的と成果の共有
・企業が学校の目的を十分に理解していない場合には、期待した通りの取り組みにならない可能性がある。
・キャリア教育のレベルアップを図るためには、目的について企業への説明を尽くすと共に、成果を共有することで互いの意識を高める必要がある。
次回は、ここまでの考察で明らかになったキャリア教育に取り組む意義や重要性を踏まえ、企業・団体へのアンケートおよびヒアリングを通じた現状と課題をもとに、四国におけるキャリア教育のあり方に関する提言を取りまとめる。
本稿は、「企業の教育への関わり方に関する調査~四国の高校生1万名アンケートから考える地元回帰への取り組み~」報告書を加筆・編集したものです。報告書の全文は、四国経済連合会のホームページからダウンロードできます。
URL:https://yonkeiren.jp/
文責:IRC
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