企業の教育への関わり方に関する調査
~四国の高校生1万名アンケートから考える地元回帰への取り組み~
公開日:2025.09.22
前回レポートでは、若者の地元回帰志向を高める要因を考察し、キャリア教育に取り組む意義やその重要性を明らかにした。それらを踏まえ、今回は企業・団体へのアンケートおよびヒアリングを通じた現状と問題点をもとに、四国におけるキャリア教育のあり方に関する提言を取りまとめる。
INDEX
四国の経済界へのアンケート
四国の経済界からみたキャリア教育の現状を把握するため、四国経済連合会会員企業・団体を対象に、取り組みの実施状況や取り組み内容、成果等に関するアンケートを実施した。
調査結果(要旨)
A.キャリア教育に係る取り組みの実施経験
生徒・児童に対するキャリア教育に係る取り組みの実施経験について尋ねたところ、「現在行っている」「これまで行ったことがあるが、現在は行っていない」が合わせて63.9%と6割を超えている(図表-15)。従業員数別でみると、「1,000人~1,999人」の企業が最も多く、約9割で実施経験があった。一方、実施未経験は「1人~49人」の中小零細企業で64.3%と最も多く、従業員数(企業規模)によって実施経験の有無に差があることが明らかになった。
B.取り組みの実施頻度
取り組みの実施頻度について尋ねたところ、最も回答が多かったのは「数カ月に1回程度」(31.9%)で、次いで「1年に1回程度」(30.9%)だった(図表-16)。また、約9割の企業において、1年に1回以上の頻度で実施していた。
C.取り組み内容
主要な取り組み内容を尋ねたところ、「職場見学の受け入れ」が37.2%で最も多く、次いで「出前授業への社員の派遣」(27.7%)、「職場体験の受け入れ」(13.8%)が続いており、これらの取り組み内容で全体の約8割を占めている(図表-17)。
D.取り組みの実施対象
取り組みの実施対象を尋ねたところ、約6割が高校生を対象としていた(図表-18)。これは高校において従来から取り組んできた総合的な学習の時間や必修科目となった総合的な探究の時間が影響していると考えられる。
E.取り組みの継続年数
取り組みの継続年数を尋ねたところ、約8割の企業で取り組みを1年以上実施していた(図表-19)。これは取り組みの実施により、学校側とのパイプができたことや、企業が取り組みに対して何らかの意義やメリットを感じ、継続実施につながっていることがうかがえる。
F.取り組みを始めたきっかけ
取り組みを始めたきっかけについて尋ねたところ、「地域貢献、CSR、SDGsの一環であるため」が30.9%で最も多く、次いで「自社や地元産業の認知度向上のため」と「学校や教育委員会、PTAからの依頼があったため」が18.1%であった(図表-20)。
また、自社の認知度不足や人手不足等の課題への対応を目的としていると推測される「自社や地元産業の認知度向上のため」と、「将来の人材確保のため」(12.8%)を合わせると30.9%になり、最多の「地域貢献、CSR、SDGsの一環であるため」と並ぶ。地域貢献等以外に自社の人材確保など、事業面における有効性への期待感がうかがえる。
一方で、「学校や教育委員会、PTAから依頼があったため」と「外部の第三者から依頼・紹介があったため」(10.6%)を合わせると28.7%になり、最多の「地域貢献、CSR、SDGsの一環であるため」に次いで多く、取り組みが受動的に始まったケースも少なくないことが推測される。
G.外部の第三者の関与
取り組みの実施にあたって外部の第三者の関与について尋ねたところ、約4割の企業で「関与している」との回答があった(図表-21)。
また、外部の第三者の内訳について尋ねたところ、「経済団体」が36.1%で最も多かった(図表-22)。1社単独での取り組みに比べて少ないものの、商工会議所や商工会等の地域の経済団体が取り組みに関与しており、中間組織として企業と教育界をつなぐ「橋渡し役」を担っていることが推測される。
H.取り組みの満足度
取り組みの満足度について記述式で尋ねたところ、約7割の企業が「かなり満足」または「概ね満足」と回答した(図表-23)。この結果から取り組みを実施している企業は、何らかの意義や成果を感じており、それが満足度につながっていると推測される。
また、取り組みをより良くするために必要なことを尋ねたところ、「キャリア教育実施後の学校側からのフィードバック」が最多で20.1%、次いで「講師を担う人材の育成・確保」が15.1%、「学校側との調整にかかる負担軽減」が13.8%だった(図表-24)。
I.取り組みの意義(具体的な成果)
▽地域貢献
・社会的役割を再認識した。
・学生の金融リテラシー向上に貢献できた。
▽人材の確保
・求人応募につながった。
・取り組みがきっかけで受講生徒が入社してくれた。
▽自社や地元産業の認知度向上
・地元企業を知ってもらう良い機会になる。
・生徒の興味、関心が地元企業に向く。
▽社員の人材育成
・ 講師として派遣した若手社員の能力向上につながった。
・ 感謝の手紙をいただいたことで自社担当者のモチベーション向上とスキルアップにつながった。
▽自社の課題解決
・若者の感性による解決策が参考になる。
・生徒のアイデアが新商品開発のヒントになった。
▽学校との連携
・学校等との連携が深まった。
J.今後の方針(取り組み実施中の企業)
現在、取り組みを実施中の企業に対し、今後の方針について尋ねたところ、9割以上が「今後、より積極的に取り組んでいきたい」または「現在、行っている取り組みを継続していきたい」と回答した(図表-25)。
また、その理由について尋ねたところ、「今後、より積極的に取り組んでいきたい」または「現在、行っている取り組みを継続していきたい」と回答した企業では、「地域貢献、CSR、SDGsの一環であるため」が最多で27.7%、次いで「自社や地元産業の認知度向上のため」(25.7%)、「将来の人材確保のため」(23.6%)が続き、「F.取り組みを始めたきっかけ」と類似した傾向が確認された(図表-26)。
K.取り組み未実施の理由
これまで取り組みの経験がない企業に対し、その理由について尋ねたところ、「学校側から依頼がなかったため」が最多で24.5%、次いで「講師を担う人材が不足しているため」が18.9%だった(図表-27)。「その他」が「学校側から依頼がなかったため」と同じく24.5%で最多だったが、具体的な理由を記述式で尋ねたところ、「キャリア教育を知らなかった」「支社単位では実施していない」「生徒が興味関心を持ってくれそうなコンテンツがない」「セキュリティ上、難しい」等の回答があった。
L.今後の方針(取り組み未実施の企業)
これまで取り組みの経験がない企業に対し、今後の方針について尋ねたところ、約3割が「今後、機会があれば取り組みたい」と回答した一方で、約7割が「今後も取り組むつもりはない」、または「分からない」と回答した(図表-28)。
また、「今後も取り組むつもりはない」、または「分からない」と回答した企業に対し、その理由について尋ねたところ、「講師を担う人材が不足しているため」が最多で23.2%、次いで、「取り組みによる成果がはっきりしないため」、「学校側から依頼がないため」が18.8%だった(図表-29)。
経済界へのアンケートまとめ
企業がキャリア教育に取り組む上での課題を考察すると、企業と教育界側のコミュニケーションに関わる設問において、より良いキャリア教育を実現するためには両者の「コミュニケーションの深化」が必要なことを示唆している。また、別の設問からは、企業と教育界との「橋渡し役」を担う外部の第三者機関(経済団体等)が取り組みに関与しておらず、6割以上の企業が単独で教育界と関わっていることが分かった。「コミュニケーションの深化」には、こうした第三者機関の活躍が一つの鍵になるものと考えられる。
また、今後の方針について「キャリア教育に取り組むつもりはない」「分からない」とした企業にその理由を尋ねた設問では、「人材、マンパワー」に関する回答が最も多く挙げられていた。以上から、多くの企業において、地方での急激な人口減少に起因した人手不足が深刻化しており、キャリア教育の取り組みに充当可能なマンパワーの不足がうかがえる結果となった。
以上のような問題点がある一方で、現在、取り組みを実施中の企業は全体の約6割を占める。そのうち、約7割の企業は取り組みに満足しており、自社・産業の認知度向上や社員の人材育成等、多くの意義(具体的な成果)を感じていること、9割以上の企業が現在の取り組みと同程度または拡充の意向があることが確認され、キャリア教育に対して企業から一定の評価は得ているものと考える。
四国の経済界からみたキャリア教育の現状
ヒアリング概要
経済界においても参考となり得るキャリア教育の活動事例を対象に、取り組みに至った経緯と取り組み概要、成果等を調査することを目的として、四国内の4社・1団体へヒアリングを実施した(詳細は文末URLから報告書本編参照)。
ヒアリング結果
ここでは、愛媛県の1社「株式会社テレビ愛媛」(以下、「同社」)の取り組み概要をご紹介する。同社のキャリア教育に係る取り組みはまだ年数が浅く、現時点では目に見える成果は限られるかもしれないが、企業と教育界をつなぐ「橋渡し役」として機能している事例であり、問題点はありながらも更なる発展が期待できる取り組みである。
株式会社テレビ愛媛
~「みきゃん探求」による地域課題学習のサポート~
【取り組みの経緯】
著しい人口減少による地域全体の衰退に対する強い危機感から、若者の地元定着に向けた取り組みを模索していたところ、2023年3月にいよぎん地域経済研究センターが発表した調査レポートにおいて、県内高校2年生の過半数が企業名と事業内容を知らないという衝撃的な結果が示された。
その頃、系列局のテレビ宮崎が、高校で探究学習が導入された2022年度から、いち早く株式会社Study Valley(以下「Study Valley社」という)との協働による「ひなた探究」を始めており、同社も2023年度から「みきゃん探究」をスタートした。
【取り組みの概要】
Study Valley社と協働で、ICT教材「Time Tact」(タイム・タクト)を通して県内企業が活きた探究課題を生徒に提供。生徒が地域を見つめ、課題を掘り下げ、解決に導く学習のサポートを実施している。
【成果】
導入校および参画企業の増加
・ 地元企業が提供する活きた探究課題を学び、企業から直接フィードバックを受けられる点が高校、企業双方から評価されている。
地域の経済活動への理解深化
・ 地元企業の取り組みや課題を知ることで、生徒は自分たちが暮らす愛媛の経済活動を身近に感じ、理解を深めている。
若い視点が企業の刺激に
・ 普段あまり接点のない高校生の斬新なアイデアや指摘等が企業の気づきを生み、将来の事業展開のヒントにもつながっている。
【問題点】
導入校および参画企業の費用負担
・ ICT教材「Time Tact」は、高校側に教材費として経費負担があることがネックで導入を断念する場合がある。
・ 参画企業には企業コンテンツの制作費等の経費負担が生じるため、参画を募る際のハードルとなる。
参画企業の所在地域の偏り
・ 現在の参画企業は松山市を中心に中予地域に偏っており、東予と南予の参画企業を増やす必要があると考えている。
ヒアリングからみた企業における問題点
①学校側の担当窓口不在化リスク
学校側の担当窓口が担当教員に限定されているケースでは、当人の異動により継続性が喪失する懸念があり、企業と(組織としての)教育界とのコミュニケーション深化が必要である。
②(企業・生徒側の)費用の持ち出し発生
企業側の費用持ち出しに頼っている部分があるため、費用がネックとなって生徒がより良い学びの機会を喪失するケースが見受けられる。
③マンパワーの不足
キャリア教育に割くマンパワーが不足しており、取り組みに消極的になる恐れがある。社内の限られた人材の中で、講師役に若手を抜擢する方法、生徒主体の取り組み内容に変更する方法など、キャリア教育に対して「柔軟に」「無理なく」「継続して」取り組む姿勢が重要である。
若者の回帰志向を高めるための継続性あるキャリア教育に向けた提言
このように、四国におけるキャリア教育の取り組みは教育現場、企業の双方に広がりつつあり一定の成果もみられる。その一方で、人員や資金面で負担に偏りがみられるなど個々の努力に依存する部分が大きく、継続性の観点からは問題を抱えている現状も明らかになった。
若者の回帰志向を高めるためには、地域、経済界、教育界が現状の危機感を共有し、一体となって長期的な視点に立った取り組みを進めることが不可欠である。キャリア教育を単発的なイベントで終わらせないために、あらゆる機会を通じて理解促進と機運醸成を図るとともに、今後、四国の経済界と教育界、ならびに国に対して右記の提言を行っていく。
「自然減」と「社会減」による人口減少に直面する四国にとって、今回のアンケート結果で示された回帰志向を持つ若者の存在は希望の光である。経済界によるキャリア教育への関わりを更に進めるとともに、中間組織との連携強化や国による金銭的・人的な支援等を通じて、四国の若者の回帰志向が高まることを期待したい。
おわりに
前回お伝えしたように、四国の高校生の進路希望は、大学・短大・専門学校への進学が73.6%であり、そのうち県外進学を希望する割合は5割を超える。進学希望者にとって、実際の就職は大学等の卒業後のため数年先となる。その数年後に就職活動をする際、県外進学した生徒が地元に戻ることを選択肢の一つとして考えるカギとなるのが、キャリア教育を通じた企業との関わりである。
若者が県外に転出する前の高校在学中に地域や企業と接点を持ち、進学後も地元との関係性を維持し続けられるような、継続性ある取り組みが望まれる。
本稿は、「企業の教育への関わり方に関する調査~四国の高校生1万名アンケートから考える地元回帰への取り組み~」報告書を加筆・編集したものです。報告書の全文は、四国経済連合会のホームページからダウンロードできます。URL:https://yonkeiren.jp/ 文責:IRC
四国経済連合会・四国アライアンス地域経済研究会による提言内容
四国の経済界・教育界向けの提言
A.キャリア教育への積極的な関わり(四国の経済界向け)
地元社会を知ってもらうことで、若者の回帰志向を高め、地域の存続と自社の成長・発展を促進するため、経済界はこれまで以上に積極的にキャリア教育に関わる必要がある。
B.中間組織の更なる活用(四国の経済界・教育界向け)
教育界とのつながりがない企業や1社での取り組みが困難な企業にとっては、経済団体や業界団体等の中間組織が、教育界との「橋渡し役」になり得る。また教育界にとっても企業との窓口一本化による教員の事務負担軽減や、取り組み参画企業の多様化によるキャリア教育の充実が期待される。
国向けの提言
A.国からの人的・金銭的支援
企業のキャリア教育への関わりを単発の取り組みではなく、長期的・計画的な取り組みとするため、教育界と経済界による継続的なコミュニケーションが欠かせない。
よりきめ細かく、将来にわたり、キャリア教育のブラッシュアップを実現していくためには、キャリア教育の取り組みに活用できる予算の不足や教員の人員不足への対応が不可欠である。こうした観点からキャリア教育に投入する資源を確保し、その充実を図るべく、国に対して学校現場にかかる予算と人員の拡充が求められる。また、現在、企業がキャリア教育の取り組みに直接活用できる補助金がないため、補助金創設も併せて要望する。
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